「MIAUで語り尽くす、どーなる!?2011年のインターネット!」ログ
1月にやったやつの続編ということで今回も。例によって、話聞きながらざっとメモを取っただけで、発言者の意図を正確に反映していなかったり、不正確だったり、読んでてよく意味のわからないところはあると思います。まあ、今回の話の中であったように、放送の記録は公開されて、ここに記述したことも検証可能な状態になるでしょうおそらく。
怪しげなところは調べてねー。
第一部
鳩山にはじまり流出におわる、2010年のふりかえり。法律、規制、2011年のインターネットがどうなっていくのか?
インターネットと著作権
著作権法改正の問題
- 改正著作権法 2010/1/1- ダウンロード違法化のスタート、改正によってなにがかわったのか
- 2006 録録小委
- 私的録音補償金管理協会
- 「情を知って」: 違法であることを認識したうえでDLすると違法、という斬新な言葉
- DL違法化
- DLってなんだ? Streming はダウンロードではないという見解
- 刑事罰もない
- 当時P2Pに対しての話が決着してない。P2Pを取り締まりたい、というのがあった
いいこともある
- TV番組の二次利用、裁定制度、供託金による暫定的な二次利用
- サーチエンジンのための複製が認められるようになった
- 検索のためのキャッシュコピーの許可
- ネット販売のための美術品、絵画や写真集などを販売するためのWeb掲載用写真などの複製
- 死後50年という強大な権利とネット情報化社会、複製されてひろまるというマッチングのわるさ
- バランスをとらなきゃいけない
- フェアユースによって生み出される産業もある。いま権利をもっている人だけでなく、社会にとってなにが有益なのか冷静に考えなければいけない
- 日本での議論、ほとんどMIAUからの希望はききいれられていない。みとめられたのは3点。
- TV/写真に看板、キャラクターなどが背景としてうつるようなケース、軽微なもの
- コンテンツ制作中間過程でのコピー
- 技術開発や検証のために必要なコピー
- なんでこうなった?
- 一回 MIAU でもやってるのでそちらを : MIAU : 11月8日(月)、『MIAU Presents ネットの羅針盤』第5回生放送を行います
- 秘密主義でやってて情報がほとんど公開されていない
- 元々、偽ブランドの取りしまりだったが、Internet Chapter というのがあることがわかった
テクノロジーと社会
#librahack 事件
- 朝日新聞記者による調査、誤認逮捕であることを証明する記事、オープンな議論や情報公開: プロセスジャーナリズム
- その後 MDIS システムによる個人情報流出で大問題に。玉虫色の謝罪会見。
- ネットと一般メディアの逆転、ネットによる情報展開、プロによる報道
- ネットにくわしい人と一般の人とで評価がはっきりわかれた
- 一般の人の感覚、なんでわざわざ新刊図書情報をあつめなければいけないのか? というところが理解できない
- 一般の人の media architecture にないことをしている人、意図がわからないとサイバー攻撃といわれればそう考えてしまうのかも
- 人を逮捕するというのは普通の感覚ですすめていいことではなくて、冷静に調査したうえで問題があるのかないのか判断しなければいけない。
- Open Government, 政府が情報をいろんなかたちで出してくれれば、技術でいろんな人にとどけることができるようになる。政府は社会のプラットフォームとして machine readable な情報をだしていこうというのがすすんでいる。librahack もそういう可能性にかけてやったのだろう。そういうことをのばしていくことを応援していきたい。
- なんで技術力のとぼしい SIer が寡占状態でシステムいれてたりするのか? 日本の組織的な構造の問題。USとの一番のちがい。US Open Goverment では政府はデータ公開だけ、Viewer はベンチャーとかいろいろだしたりしてる。そういう競争にさらされていないというところで問題。日本社会の縮図。
- 図書館の館長も司書とか図書館のプロじゃない。ライブラリとしての情報のきたえられかた、というのが弱い。ネット以前の図書館としての弱さがある。
佐賀のせい(笑)
放送とコンテンツ
リアルタイムメディアと既存メディアの関係
ネット生放送
- はやぶさ中継
- TVでは WC 一次予選, 時間きまってるので放送にはいりやすいけどはやぶさみたいに時間よめないものはやりにくい。
- 事業仕分け
- TVではきりとった放送だけどネットでは全部中継できる
- その日の夜に毎日1-2時間解説番組なんてTVではやれない
- ネットメディアもTVも棲み分けしたらよいよね
注目裁判
- 録画録音補償金裁判
- まねきTV裁判
- 著作権者と技術があらそっている象徴的な裁判
- 切っ掛け: ITMedia "iPodからも金を取れ", DRMと補償金のバランスのありかたはずっと問題になっている
- "Wikileaks に詳しい八田" "ファイル交換ソフトに詳しい津田"
- MIAUは日陰者だったんだけど、とてつもないメチャクチャなのがでてしまったら薄まってしまったなあ
- 11月-メディアとの関係、あきらかに新聞/TV報道の人の意識がかわった
- 記者取材が上から下にいくのではなくて、最初にネットにでた事実や情報に対する見方を作っていくという転換点がきた。小沢があえてネット記者会見をやったというのも大きい。"メディアにおける9.11": 2010年
- TV局が尖閣ビデオをダウンロードして放送してるのって違法なんじゃないかと思うけど誰もつっこまないねー
- YouTubeはジャーナリズムじゃない。ただの回路。でも Wikileaks はジャーナリズムを自称している。正しいと判断したので情報をだしているので責任が発生している。いろんなところから批判。でも YouTube は批判されない。ネットの一次メディアとしてはどっちが強くなるのか?
- 優位になるというよりは役割がかわる。YouTubeもWikileaksも単体ではジャーナリズムじゃない。ガセか本物かの精査だけで最終的な記事と拡散はマスコミがやる。Wikileaks も既存のマスメディアを利用をしているところがある。本質的には取材して記事つくるところはかわらないけど、ネットにあがってきた情報のパッケージングなどはあたらしくやっていく。メディアに対する不信は編集に対する不信、編集プロセスの意図がみえないところじゃないか。
- Wikileaksは単なる回路でもないしマスメディアでもない。ガセでもありませんよという中間的なところ。そういうのが共有されると現実を検証できるところがふたつでてくる。
- 本当は報道番組とかは報道したあと記録が残っていて検証できるようになるかだけで全然ちがってくる。そういうことをTV局側がやれるかどうか。
- メディアがわれわれの手に落ちてきた。だれでも一次ソースになれる。既存メディアがスピードでおいつけなくなる。今度は一次ソースを出す際のモラルが問題になっていく。血まみれの人をうつしていいのか、死体をうつしていいのか、放送している人が責任を負わなければいけない。モラルを考えておかないと大変なことになってしまう可能性がある。
- 放送法の改正、結局成立した。影響力におうじてメディアに対する規制をしていこうという話もあった。インターネットも放送法の範囲で規制されるんじゃないかという懸念があった。が、そうではないという国会答弁があって、インターネットはこれまでのメディアとは違うとされた。今後こういう話題がでてこないようにネット側もみていかなければいけない
- 自重のラインはどこだ? USTREAMがメディアを変える (ちくま新書)
- #librahack 会見、メディアはねられてしまう: 交渉してみるがそれでも「記者会見中に twitter しないでください」みたいな。既存のメディアに対する配慮であって会見おわったあとに Twitter にながす分にはよい。音声があれば津田の発言の検証ができるが、音声アップは「前例ないからやめてください」。意識がついてきていない。ソースをそのままおいてあって検証可能になるということの価値が認識されていない。
- 情報をコントロールしたい側と現在できるテクノロジーの差がすごくおおきくなってきている。
第二部
ソーシャルメディアと地域活性化
Twitter などによる地域コミュニティ, 大名なう, 福岡: ソーシャルメディアをおもしろく使った試みがいろいろある
- ネットだけだと街あまりもりあがらないのでリアルイベント、メディア展開なども
- 効果: もぐおれ(土竜が俺を呼んでいる) とか
- 情報リテラシとか店やなんかでも差がある、どうやっていくのか?
- 横の交流
- リアルで会える場所をAIPで用意している(AIP cafe)。24/365、バーカウンター完備、ホワイトボードあるのでちょっとした勉強会とかも。利用料無料で鍵があいていればいつでもはいれる。鍵あけたければ1万円/年で会員に。100万/年でペイする。利用予約は google calendar で。
- 地域活性化に IT: Blog/SNSとかというより、人をつないで勉強会とかしながらネタをうみだしていく "場" をつくれるという試みがうまい。
- 地方の障害または利点: となりの人からにげられない。その場所にいざるをえない。ネットはいる場所をクリックひとつで選べる。となりをえらべない、というのと、居場所を選択できる、というふたつの要素のくみあわせ、mix によってとなりにいる異質な人との回路ができていくのがよい。
- 店/IT/デザイナ/建築...みたいな人たちがゴチャゴチャあつまって次なにしよう、というのが生まれていく: 大名スタンプラリーとか。ただのオフ会じゃないというのがいい。
- フランス語で「言葉を与える」
- 「福岡でも」できること
ネットによる地域振興みたいなところ
- 地域情報化はすごい前からやられてきてる。行政中心にいく流れ、そういうのが多かった中で、自分たちのニーズや問題意識からはじまって自発性を大事にしているのがうまくいっている理由じゃないか。
- 人材のレベル、福岡はレベルがたかい、「憧れの九大」
- 先進的街づくりをしているのはほんとうに僻地にちかいところ、福岡はそういう意味では中途半端
- こういう動きがでてきたのは福岡の中途半端なところが影響している?
- まちづくりの先端でやってる人は、ネットは単なる情報伝達の手段。
- 何かやるとき、ネットは重要、紙刷るとか雑誌とかってみてもらえない。でもネット上では他所の活動と同列でみてもらえる。
- 福岡の行政だらしないってことない?
- 追えないところが増えている、というところじゃないか。これから個人の動きをうけて行政もかわっていくのだろう。いまは端境にあって、個人の動きに行政がおいつけていない。
東京都青少年保護健全育成条例
- 一旦ペンディングになった
- 結論についても途中での議論についても驚愕: 議事録にある差別的な意識、常時政策ってだれかが見ていないとまずいな
- 表現規制、表にたって意見をいう有名漫画家、10月
- 表現規制で戦っている人はおおいので MIAU のリソースはあまりそちらへ裂かない方針。コメントはネットに対する規制のところで。前の案では携帯電話の利用などで都知事に権限が集まるような内容だった。今回の条例はそういう点へってきてはいるがまだ問題はある。親権をこえてきているのでは? 携帯電話の正しくない利用については都が指導する、正しい、正しくないというののしきい値はどこなのか? それを都でやるのか?
- この議論のまえ、青少年ネット規制法、携帯フィルタリングの議論、国がコンテンツよしあし決めるのではなく民間で、リテラシ教育を、というのでいったん筋がとおったのだけど、それを地方自治体で上書きしていくような状況が。地域ごとの政策の違い
- おおきく思想がかわろうとしている端境期、ひとりひとりの自由の内実に介入しないで迷惑なことについて対処していく。それに対して共同体の価値を作る、共同体論、景観規制などの動きがある。
- 政策形成プロセス、審議会でオープンにやっていたものが突然クローズドにされて内容がつくられてしまったという条例策定プロセス。3月に対してとめることができた。じゃあ平場の議論といいながらそれがないままいまの条例がでてきてしまった。平場での議論を、というのはネットの側からも圧力をかけていく必要がある。
- とはいえ以前ならあっさり通っておわりだった。そういう意味ではまだ変化がおきている。少なくとも問題があるというのを知る人をふやすことはできている。
- 条例がとおったあとの動き、ふるさと納税で東京じゃないところに納めようという動き、東京以外のところで声をあげる行動。東京アニメフェアとかも。それもひとつの声のあげかた。そういう状況がすこしずつできてきた。
- MIAU課題として、国政に関してコミットしてきた。案外地方行政の立法プロセスのことをそれほどしらなかった。条例がこんなに簡単なプロセスでできてしまう。それを止めるためにはどういう動きをしなければいけないか、地方の、近くの人でコミットしていかなければいけない。
- ネットは遠くの同質な人とのむすびつき、近くの異質のひととの結びつきに可能性がでてくるのでは
- 条例は廃止できるというのが国政とはちがうところ。そういう運動へのきりかえという動きもでている。熱しやすく冷めやすい、ではなくてこれからどういう動きにつなげていけるかが問われている
- 4月、統一地方選、意外に出る人が少なくて投票の機会がないということがある。地元の問題を議論する機会を大事に。
- 保証された自由を地方条例でうわがきしていく、条例のもっている比重はおおきくなっていく。地方自治をきたえていく必要がある。きたえられていれば全国いろんな規制や教育やなにかがでていってもいいのだろう。ただ政策成立プロセスがともなっていないといけない
- 供託金の問題、ネットの利益を反映させる活動にたいして、ただクリックする再生するだけじゃなくて行動が必要になってくる。連帯とか呉越同舟ができるのがネットのいいところなんだけどそういう動きができていければ。
ネットと政治
- Open Goverment: オバマ大統領、透明性、国民の参加、コラボレーションに情報技術をつかっていこう
- 日本も部分的にはやっているが、日本のとりくみは単発で体系だっていない
- なにがかわるのか、どういう意味があるのか
- 社会のこと、みんなが参加して作っていける時代になった。情報の公開、流通によって参加型でやれる。政府の情報を使って政府にはたらきかけたりしないといけない。政治家とかから出てきた情報をもとに、どう議論をしてよりよいことにむすびつけられうか
- オープンに
- 代議制民主主義、国のこと難しいからいい人にきめてもらおう。教育水準もあがってきて、もう持っている情報の差がなくなってきて、個々の政策に対して議員を動かしていく、議員を媒体のようにとらえなおす
2011年を大予想!!
- ネット生放送、ひとつのメディアを形成してきた。
- wikileaksと尖閣、政治情報がもっとでてくる年になるだろう。ネットに関係する問題を政治的な問題としてあつかうというのから、ネットから政治の話題を議論するという方向になるのでは。
- 議論の仕方、勝ち負けじゃなくて調整していくこと、そういうことがあたりまえになっていく。相手がどういう論理でどういう価値観で動いているのかを理解する。ネットがあることによってその人の背景がみえてくる。
- Offではある程度相互理解ができるが、表で立場がからむとなかなかかみあわない。温度差をなくして理想的な議論ができるところへ
- 前向きに作ることをやりたい。地域の話もそう。自分たちが参加して作っていくこと、そういう活動を drive していくところでネットがつかわれるといい。
- どうしても、政府の組織をかえるとかおおきな話で3-4年かかるけど、そこまで同じ政権がコミットしてくれると思えない。そこをおしきる力を、ネット発でいろんな人まきこんでやっていけたら
- 根回ししなきゃいけないところ、隠しておかなければいけないところはある。オープンにするところとそうじゃないところの使いわけをすすめていくのがこれから。
- open gov のはなしがすすまなさそうなので、こうすべきという paper をだしたら大人気ないっておこられたり。
- MIAU leaks とかにしちゃうかw